【インド】  9/10(水) バラナシ

 

 

AM5:15沐浴のため早起きをしガンガーに向かった。

 

メンツは自分を合わせて6人。

しんじさん、誠人さんに加え
昨日宿で仲良くなった女性の土岡さん
そして今朝宿待ち合わせていたところでたまたま出会った同じ宿の増田さん原田さん

 

とりあえず沐浴前にガンガーから朝日を見るために、川沿いのボートに乗ることに。

川沿いには早朝にもかわらず何人もの船頭がいて声をかけてきた。

1人選んで対岸まで運んでもらうことに。

 

 

おじさん1人で我々6人を運ぶ。

さすがに無理があったようで、ちょいちょい休憩を挟んでなんとか到着。

 

誠人さん漕ぐ

 

対岸は細かい砂利で出来た陸地になっており、水も反対側よりはきれいだった。

皆写真撮影に夢中である。

 

対岸の写真

 

 

ここからは、バラナシの街を一望することが出来きた。

色鮮やかな建物が並んでいるのがわかる。

 

ガンガー沿い家

 

水の上にかかったもやが朝日の光で照らされ幻想的な雰囲気をかもし出していた。

生憎、曇っていたため日出の瞬間を見ることは出来なかったが清々しい朝だった。
対岸に戻ると、我々はさっそく沐浴するための場所を探した。

出来るだけ川上に行き、周りに人がいないところを探した。

汚いのは承知しているが、少しでもきれいな状態の水に浸かるためである。

自分はシャツを脱ぎ川に飛び込んだ。

 

飛び込み写真

 

川の流れは速く思ったよりもすぐに足が着かなくなった。

自分は必死に口を閉じ、水を飲み込むまいとした。

数十分川に浸かりあがった。

特にこれといった感想はなかったが、皆さんとガンガーを観光できて楽しかった。

こうして皆で観光することができたのも沐浴するという共通の目的があったおかげである。

 

集合写真

 

向かって左から

増田さん

誠さん

土岡さん

原田さん

(自分)

しんじさん

 

 

 

その後は日本のNPO団体が行っているボランティアに参加させてもらうことになっていた。

その団体はガンガー沿いのスラム街で学校を運営しているとのこと。

近くのレストランで団体スタッフのリカさんと待ち合わせ、リキシャーで40分でいったところにその学校はあった。

 

 

バラナシ校舎

 

 

学校に着くと、まずはオリエンテーションがあり本日の内容を説明された。

内容は放課時間の子供の相手と特別授業の講師をすると言ったものだった。

(普段の授業はインド人の先生がヒンドゥー語で教えているらしい)

 

特別授業とは我々が自由なテーマで40分授業を行うといったものである。

突然の話に、自分は困惑した。

結局、おりがみなら置いてあるということで折り紙教室をすることにした。

とりあえず、テーマも決まり児童たちと遊ぶことに。

 

 

女の子たちはアルプスイチマンジャクをして遊んでいた。

ある程度の期間、きちんと通学が出来ると制服が与えられるらしい。

 

アルプスイチマンジャク

 

 

授業の見学などもさせてもらった。

 

 

授業風景1 授業風景2

 

 

そして5時間目、特別授業の時間が始まった。

さっそく覚えたヒンドゥー語を交えながら、自己紹介をしていく。

子供たちは興味しんしんで積極的に話を聞いてくれた。

 

今回作るものは「紙飛行機」「カメラ」「鶴」である。

ここからは英語で説明し、インド人講師の方に通訳をしてもらいながら折り方を教えていく。

まずは紙飛行機。

一つ折るごとに説明をしてみんなに見せる。

すると児童たちはそれに習って紙を折った。

上級生はすでに折り紙を他の特別講師の人から教わっていたのかどんどん進めていく。

紙飛行機は簡単なので、すぐに完成した。

 

次に作ったのはカメラなのだが、これが意外にも難しかった。

途中までは折り続けてどんどん小さくしていくのだが、最後に展開をする。

ここでカメラのレンズが出来上がるのだが一度見せただけではなかなか理解してもらえなかった。

言葉でもうまく説明ができず、一人ひとりやってあげることに。

 

折り紙カメラ

 

そして、最後は「鶴」である。

子供たちは意外にも器用で一番難しいと思っていた細かな作業はたいていの子が自力でやってしまった。

 

下の子達は苦戦していたが、最終的には年上の子供たちのサポートのおかげで皆、鶴を折ることが出来た。
子供たちも達成したことにうれしそうである。

個人的にもなんとか授業をやり遂げられて一安心だった。

 

 

キチンとした教育を受けていないのだろうインドではたまにお金の計算が出来ない人に出会うことがある。

日本のようにある程度までの教育がきちんと保障されていることは当たり前ではないことを実感した。